第4週 語りに向くテキスト

情報は音声のみ

お話の内容がどんなに魅力的で、言葉を精選してつづられていても、耳から聞いたときに、必ずしも文字で読んだときと同じような感動を受けるとは限りません。というのは、文字で読むときは、読む人の理解や心の動きに合わせて目が文字を追いますが、語り手の語るお話は、聞き手の理解や心の動きとは別に、音として、先へ先へと進んでしまうからです。理解できないのにおもしろいと思えるわけがありません。

文字で読む場合は、立ちどまったり、ページを繰って後戻りしたりできます。そして、そのせいで物語の世界から現実の世界に戻ってしまうことはありません。けれども、お話を聞いていて疑問がわき、語り手に 「 それなに?」 と質問すると、そこで生身の語り手と聞き手の生(なま)のやりとりが生じます。一瞬ですが、現実に戻ります。生のやりとりは、語りの魅力でもありますが、そのようなことが何度も繰り返されると、物語の世界はどこかへ行ってしまうでしょう。

つまり、文学作品をそのまま覚えて語っても、聞いておもしろいとは限らないということなのです。

では、どのようなテキストが語りに向くのでしょうか。それは、聞いてわかりやすいテキストです。


聞いてわかりやすいこと

どのようなテキストが「聞いてわかりやすい」のか。その条件のうち、とくに重要だと思うものを三つあげます。

1、ストーリーが一直線に進むこと。

とちゅうで枝分かれしていませんか? いきなり後戻りしていませんか? 複雑なストーリーは、聞き手を混乱させます。

2、詳しい心理描写がないこと。

ひとつの出来事に対しての心の動きは、百人百様です。あまり詳しく説明されると、同意できない聞き手は反発します。立ちどまってゆっくり内省する時間がないからです。そして、ある出来事をどう感じるかは、聞き手ひとりひとり自由です。自由であるからこそ誰もが理解でき、集中できるのです。それが語りの魅力でもあります。

3、詳しい情景描写がないこと。

これも、あまり詳しく説明されると、情景を描けない聞き手は理解できなくて退屈し、ストーリーに集中できなくなります。


リュティ理論

さて、昔話が「語るー聞く」という形で伝えられてきたことを思い出してください。昔話は本来、聞いてわかりやすい文体で語られてきたのです。だからこそ記憶に残り、消えてなくなることなく伝えられてきたのです。

その語り伝えの文体の法則性が研究され、スイスの口承文芸学者マックス・リュティによって大成されました。日本にも紹介されています。私たちがテキストを選ぶとき、この理論はたいへん役に立ちます。この「昔話の語法」について書かれた書物を読むと、なるほどと、きっと納得されると思います。ぜひ本を手に取ってみてください。

わたしたちは、昔話だけでなく創作物も語ります。その際も、昔話の語法はテキスト選びに役立ちます。
昔話の語法》のページで詳しく説明しています。

2 thoughts on “第4週 語りに向くテキスト

  1. 聞いて分かりやすいテキストは同時に覚えやすい、と教わったと思います。
    ほんとにその通りで、覚える話を決めても、聞いて分かりやすいテキストがあるかどうかが勝負ですね。
    その点、『語りの森昔話集』は裏切りません!
    覚えて語ってみたら、よ~くわかります。

  2. ジミーさん
    太鼓判、ありがとうございます。
    そうそう、聞いてわかりにくかったらあかんのです。
    聞き手にストレスになるだけやからね。
    言葉遣いの好き嫌いは度外視して、わかりやすいこと。これに尽きると思うの。

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