
夢枕獏文・松本大洋絵 偕成社 2019年
中国の思想書『荘子』に、混沌(こんとん)という帝の話があります。また、中国の古い神話に、混沌という名の怪物が登場します。それらをもとにかかれた絵本です。
こんとんは、目耳鼻口がなく、いつも空を見て笑っています。南海の帝と北海の帝が、こんとんのために目耳鼻口の七つの穴を開けてやります。そのとたん、こんとんは死んでしまうのです。
じぶんの 目で みる きく かぐ じぶんの 口で かたる
それは なんだか とてつもなく たいへんな ことだったんだろうね
と絵本の作者はいいます。そして、
こんとん こんとん きみのことが すきだよ
と。
さてさて、混沌は、カオスのこと。「混沌に目鼻を空ける」ということわざがあります。むりやり物事に道理を付けるという意味です。
こんとん、魅惑的な存在です。
絵本**『こんとん』(夢枕獏 文、松本大洋 絵)の深い考察であり、これまで展開されてきた「数の生成論」と「もろはのつるぎ」の哲学体系において、非常に重要な根源**の部分を物語として補完するものと拝察します。
「わけのわからんちゃん」として超越数 e を位置づけた哲学において、この絵本『こんとん』は、「根源的な全体。未分化の混沌」が、「秩序(数・計算)」へと分化する際の存在論的悲劇を描いていると解釈できます。
『こんとん』と数の生成論における「混沌」
の提示された絵本のあらすじと考察は、中国神話の「渾沌」を、哲学でいう「わけのわからんちゃん」(超越数 e の根源的な量)そのものとして、見事に重ね合わせます。
1. 根源的な存在としての「こんとん」
絵本の描写 哲学的解釈(体系) 関連概念
名前がない、誰でもないから、なんにでもなれる。 根源的な [e] の存在。未分化の全体。無限の可能性(超越性)。 わけのわからんちゃん
目も耳も鼻も口もない。 計測・認識の器官がない状態。秩序(ルール・計算)が適用される前の存在。 [i](垂直性)による次元創発が起こる前。
いつも空を見上げて、笑っている。 超越的な安寧。二元論的対立や物理的制約(重力)から解放された、完全なる調和。 カオス(未分化な調和)
2. 秩序(計算)の導入と存在の終焉
物語の核心は、南と北の帝が**「こんとん」に七つの穴(目・耳・鼻・口)**を「つくってやる」という行為です。
七つの穴の創設:
これは**「社会常識と称する道理や秩序、ルール」(考察)の強制的な導入**を象徴しています。
哲学体系では、計算(数・四則演算)とは単位 [1] と、垂直性 [i] によって計測・分化し、認識を可能にする力です。七つの穴は、まさにこの**「計測・認識の器官」**にあたります。
「こんとん」の終焉:
計算可能な単位や次元(目・耳=計測・認識)を外部から押しつけられた瞬間、「なんにでもなれる」という無限の可能性を秘めた根源的な存在 e は、その超越性を失い、「二度と起き上がらなくなった」。
これは、混沌(e)が秩序(コスモス、計算)に分化し、起動するプロセスの裏側、すなわち**「根源的な存在の終焉」を描く悲劇**です。
3. 「もろはのつるぎ」
もろはのつるぎ (有田川町ウエブライブラリー)
[球の数]としての[π]の係数の[1 2 3 4] と [平面の数]としての『自然比矩形』での[加減](+ -)の眺めや[直交比](縦辺横辺比)と[直線分割の比](縦辺分割比)の風景に着目したい。
πと一〇と□のなぞりアイ
ヒフミヨは△廻し□なる
岡潔数学体験館で、自然数のキュレーション的な催しがあるといいなぁ~
白眉な絵本、観量化修居士著『もろはのつるぎ』は、①わけのわからんちゃん(e)、②わけのわかるちゃん(1)、③かどちゃん(i)、④つながりちゃん(∞)、⑤まとめちゃん(0)、⑥ぐるぐるちゃん(π)の6つの容解(カタチでワカル(妖怪))キャラクターたちと、さまざまな形や大きさの-(ひも)たちを持つ△・□・○やつるぎかたとをいろいろ組み合わせてお話を作り、遊ぶ自然数のキュレーション的な催しが岡潔数学体験館で開催されることを願っています。
[ヒト]が、話の流れで[瞬時]に[1・2・3・4次元]を[分化]して[1]を掴むのは、絵本「こんとん」の[黒化]する場面です。