昔話の再話(さいわ)

昔話絵本や昔話本に「だれそれ再話」と書いてあることがよくありますね。この「再話」って何でしょう。

昔話はだれか個人が創作したものではなくて、もともと口伝えで伝えられてきたものです。ですから、語られるそばから消えていきます。けれども、そのような口伝えが、研究者の手によって文字や音声のかたちで保存されています。録音データであったり、それをテープ起こしした翻字(ほんじ)であったり、または聞き書きであったりします。膨大な資料です。
それらの資料を多くの人が読んだり語ったりして楽しめる文章にすることを「再話」といいます。 

「語りの森」では、《日本の昔話》と《外国の昔話》のページで昔話の再話をPDF形式で掲載しています。これらはすべて村上再話です。その元の資料は、各テキストの末尾に「原話」として明記しています。興味のあるかたは、原話を図書館などで取り寄せて、再話と原比較してみてください。  

さて、私たち現代の語り手が語るためのテキストの面から「再話」を考えてみましょう。

保存されたなまの資料をテキストにはできません。なぜなら、口伝えされた資料の多くは、語り手が日常使っている土地言葉そのままだからです。その語り手と同じ土地で同じ時代に生きた人でなければ、正確に理解することも、またその言葉を使うことも難しいでしょう。
資料によっては、思い出しながらの語りで、不完全なテキストだったりすることもあります。
また、聞き書きのばあいは、土地言葉ではないにしても、調査者の覚書的なものが多く研究には有用でも、そのまま覚えたり語ったりして楽しむには不向きです。

そこで、わたしたちは、これらの資料をより普遍的に多くの人が分かるような文章に整理したものをテキストに選ぶわけです。

再話に使われる言葉としては、最も普遍的なものが共通語(標準語)ですね。「語りの森」では共通語で再話しています。
ただ、私は、語るときにはこれを日常語に解凍して語っています。《日常語で語ろう》を参照してください。逆に日常語で再話してから共通語に再話し直すこともあります。

外国の昔話のばあいは、翻訳された資料ですから、日本語の話し言葉としてこなれた文章に整理しなくてはなりません。

私たちは語り手です。だから、聞き手が確実にイメージできる言葉で語らなくてはなりません。そうでなければ聞き手を物語の世界にいざなうことができないのです。
ところが聞き手は(語り手も)、それぞれ異なった固有の言語生活をもっています。そこから語り手の苦労とよろこびが始まるわけです(笑)

もろもろの苦労と工夫については他の項に譲るとして、最も基本的なことは、口伝えされたものには耳で聞いてわかりやすい独特の言葉の法則(昔話の語法)があるということです。まずはそれにのっとった再話テキストを選びましょう。 

昔話は先祖からの贈り物です。原話の語り手の思いや表現を大切に受けとってつぎへと伝えていくのが、わたしたちの仕事です。再話は、神経を使うとても重要な作業なのです。

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