日本の昔話にはいろりがよく登場します。
いろりというのは、おもに農家の、日常的に使われる部屋に作られていました。家の奥の座敷ではなく、土間に近い、家族やお客の集まる部屋にいろりがあったのです。だから、いろり端というのは、一家だんらんの場でもあるし、情報交換の場でもあるし、昔話が語られる場でもありました。
いろりの機能は、まずは暖房。部屋全体を温めますが、とくに「背あぶり」をしてみるとその温かさがよくわかります。背あぶりしている鬼ばばや猿を、みなさん知っていますね。
それから、煮炊きに使います。天井から自在鉤(じざいかぎ)をつるして、鍋などをひっかけて煮ます。五徳に乗せた網で餅を焼いたり、串に刺した魚を灰に立てて焼いたりもします。馬方は梁の上から餅をつりあげて食べてしまいますね。
それから、灯りとしての機能があります。山で道に迷った薬売りが、遠くにぽつんとひとつ灯りを見つけます。この灯りはいろりの火です。いろり端で家の者が夜なべ仕事をしているのでしょうか。
もうひとつ、いろりの火には防虫の役もあります。木造の家で、屋根はかやぶき。今のように化学的な防虫剤がない時代は、たきぎを燃やして出る煤(すす)が害虫を追いはらいます。シックハウスの心配はありませんが、たきぎがうまく燃えてくれないと非常に煙いです。
昼間、人がいるときはたきぎを燃やすのですが、夜になると上から灰をかけて火を埋めます。火は消すのではなく、翌朝、灰をかいて火を起こすのです。火を消してしまって、となりの家に火種をもらいに行く性悪ばあさんのはなし、心当たりがあるでしょう。いろりの世話もできないダメ主婦という意味です。ただ、大晦日の晩だけは、大きな木を一本入れて燃やし続けることで、家の繁栄を願ったそうです。その火を消してしまったお嫁さんの話がありますね。
いろりの上には、竹などを編んで作った棚があることが多く、「火棚(ひだな)」と呼びます。火棚には、ぬれたわらぐつや衣服、食べ物などを置いて乾燥させます。朝、じいさんが火を起こしていると、火棚から貧乏神がぶらさがってくる話もありますね。
いろりは四角ですが、土間から見て正面の席を「横座」と呼んで、その家の主人がすわります。向かって右が「嬶座(かかざ)」で主婦がすわります。向かって左が「客座」で、お客がすわります。子どもや手伝いの者たちは、土間に近い「下座(げざ)」または「木尻」と呼ばれる席に座ります。
いろりには火の神が宿っています。この信仰は日本全国にあってアイヌのはなしにも出てきます。家の中の神については、おもしろいことがたくさんあるので、別の機会に譲ります。
『日本大百科全書』(小学館)にいろりの構造がわかりやすく図式化されていたので貼り付けました。
つぎの写真の横木をよく見てください。「一富士二鷹三茄子」を彫ってあります。