「おおかみと七匹の子やぎ」や「三匹のこぶた」など、昔話に登場する狼には悪者のイメージがあるようです。
けれども、ノルウェーの昔話「心臓がからだの中にない巨人」に登場する狼は、主人公の少年に飢えから助けてもらい、その恩返しに、少年が恐ろしい巨人を退治して兄たちを救いお姫さまと結婚するのを援助します。この狼は、彼岸からの援助者です。
いったい、昔話では狼は実際にどのように描かれているのでしょうか。
動物としての狼は、北半球に生息し、肉食の野生動物で、人間にとって恐ろしい猛獣でした。狼に食べられる危険もあったし、牧畜生活をしている人々にとっては、家畜を襲う困り者でした。
民俗学的には、自然の中に存在する脅威は、たいてい神さまとしてまつられます。
たしかに、日本では、その名も「おおかみ」と、神の呼び名が付いています。狼信仰があり、神社に祭られてもいます。
また、北欧神話では、主神オーディンが二頭の狼を連れていました。ヨーロッパの民間信仰では、穀物の霊として知られています。
そして、自然崇拝における神や霊は、人間に恩恵を与える存在でありつつ、脅威でもでもあるという両面を持っていました。
さて、口承のファンタジーである昔話では、狼はどのようなキャラクターとして登場するでしょうか?
グリム童話、イギリスの昔話、ロシアの昔話、日本の昔話から調べてみました。
1、グリム童話
狼が登場するのは、グリム童話200話ちゅう6話です。
KHM5「おおかみと七匹の子やぎ」
KHM26「赤ずきん」
KHM48「老犬ズルタン」
KHM72「おおかみと人間」
KHM73「おおかみと狐」
KHM60「二人兄弟」
このうち、主人公の敵役として登場する悪者の狼は「おおかみと七匹のこやぎ」「赤ずきん」の2話のみ。
主人公を助ける援助者としての狼が1話。「二人兄弟」です。
だまされる愚か者として登場する話が3話。「老犬ズルタン」では、友情厚いがゆえにだまされ、「おおかみと人間」では、ほらを吹いたがために人間に切り付けられ、「おおかみと狐」では、知恵が足りなくて人間に殺されます。
狼の登場する話は案外少なく、必ずしも悪者扱いされていないということが分かります。
グリム童話の悪者の代表は、魔女、悪魔、巨人、竜。ただし、魔女と巨人は両面性を持ちます。
2、イギリスの昔話
イギリスでは、グリム兄弟より少し遅れて19世紀の後半、民俗学者のジェイコブズが昔話や伝説を集めました。その昔話87話のなかに、狼が登場する話は2話。やはり多くありません。
14番「三匹の子豚の物語」
18番「とうもろこしパン」
「三匹のこぶた」の狼は、主人公に危害を加える敵役。
「とうもろこしパン」は、かまどから逃げ出したとうもろこしパンが、転がりながら、井戸掘り職人、溝堀職人、クマ、狼に出会い、つかまらずに逃げていく話です。最後に狐がとうもろこしパンを食べてしまいます。この狼は悪者でもなんでもなく個性がありません。
ジェイコブズの集めたイギリスの昔話の中で悪者といえば、巨人、竜、小人。
3、ロシアの昔話
ロシアでは、アファナーシエフがたくさんの昔話を集めました。岩波文庫に『ロシア民話集上・下』あり、ここには48話が翻訳されています。そのうち狼が出てくるのは7話。
ア、「女狐と狼」狐は、悪賢い女狐にさんざんな目にあわされる。
イ、「雪娘と狐」雪娘が森で迷子になって木の上に上っていると、くま、狼、狐が順に通りかかって、助けてやろうという。雪娘は、くまと狼には「食べられるから恐い」と断る。狐に助けてもらって帰るが、家人が、狐にお礼だといって犬をけしかける。
ウ、「猫と狐」雌狐が猫と結婚する。悪賢い雌狐は、くまと狼をだます。
エ、「動物たちの冬ごもり」牛が冬ごもり用の小屋を建てる。羊と豚とがちょうとにわとりを小屋に入れてやる。狐が小屋に気付き、くまと狼を誘って動物たちを襲う。牛と羊が反撃して狐と狼をやっつけ、くまはほうほうのていで逃げて行く。
オ、「にわか成金コジマー」森の中にひとりで暮らしているコジマーという男は、1羽のおんどりと5羽のめんどりを飼っていた。トリックスターの狐が知恵を使ってコジマーを王さまに引き合わせ幸せにしてやる話。狼とくまが狐のトリックに利用される。
カ、「イワン王子と火の鳥と灰色狼の話」火の鳥が、毎晩、王の庭の金のりんごを盗む。王は三人の息子に火の鳥をつかまえるように頼む。王子たちは順に出かけて行くが兄たちは失敗。末のイワン王子は灰色狼の援助を得て、火の鳥と金のたてがみの馬とうるわしのエレーナ姫を手に入れる。
キ、「小指太郎」牛のはらわたにもぐりこんだ小指太郎を狼が誤って食べてしまう。小指太郎は狼のお腹の中で大声を出し、狼は飢え死にしそうになって小指たろうを家まで送って行き、殺される。
6話(ア~オ・キ)が、間抜けなわき役としての狼です。
1話(カ)は、援助者として活躍する狼で、先述した「心臓が体の中にない巨人」と同じような役割を果たしています。
ロシアの昔話の悪役は、ヘビ。頭が三つも六つもあるヘビです。ほかにはババ・ヤガーもよく出て来ますが善悪両面性を持っています。狼は悪役ではありません。
4、日本の昔話
話型名をあげます。全部で7話型。
A「千匹狼」
男が山の中で日が暮れて、大木の上で一夜を明かそうとする。そこへ千匹の狼の群れが現れ、肩はしごをして襲いかかろうとする。あと一息で届かないので、狼たちは「鍛冶屋の婆」という猫を呼んでくる。男は猫に切り付けて、狼たちは総崩れになる。翌日、男が鍛冶屋に行ってみると、そこのばあさんがけがをして寝ている。古猫がばあさんを食べてばあさんに化けていたのだった。猫を退治する。
B「狼の眉毛」
世をはかなんだ貧乏な爺が、狼に食われて死のうと山へ行くが、狼は、おまえは正直で働き者だからといって、眉毛を一本くれる。この眉毛は、かざして人間を見ると、その人の本性が見えるという呪物である。それを使って爺は幸せになる。
C「狼報恩」
男が山道で狼と出会う。危害を加えられるのではと警戒しながら狼に近付くと、狼ののどに骨がささっている。男は口に手をつっこんで骨を取ってやる。それ以来、狼は、男の家の前にいのししなどの獲物を置いて行ったり、他の狼の群れから守ったりしてくれるようになった。
D「送り狼」
魚売りが山道をとおるとき、いつもさかなをいっぴき「狼様に」といって供える。あるとき、魚売りが山道を歩いていると、狼が現れて魚売りの着物のすそを引っぱって、穴の中に連れ込む。魚売りがすきまからのぞいていると、近くを狼の群れがどどっと通って行く。魚売りは助かる。
E「狼と爺」
爺が山の畑で「一粒まいたら千粒になあれ」と唱えながら豆をまいていると、狼が傍の石の上で「一粒まいたら一粒だ」とはやす。次の日、爺は、石の上に餅をぬり付けて昼寝をする。そのあいだに狼は石の上にすわって動けなくなる。爺は狼を打ち殺す。この話型は、狼ではなく、たぬきやむじななど他の野生動物に変わることがしばしばある。
F「狼と犬と猫」
HKM48「老犬ズルタン」が日本に入って来たもの。
G「狼と狐」
KHM73「おおかみと狐」が日本に入って来たもの。
Aは、狼は恐ろしい存在だが、本当の悪者は猫です。
B、C、Dは、恐ろしい存在だが、人に恩恵を施すこともあるという内容で、神さまとしての性格を残しています。
E、悪者ですが、この話型は狼に限定されず他の動物と交換可能です。
F、Gは、外来のまぬけな狼です。
まとめ
すべての国の全ての昔話を検討したわけではないので、正確なことはいえませんが、あえてまとめるなら、ヨーロッパの昔話には悪者もいるし主人公を助ける援助者もいるが、多くは狐などにだまされる愚か者として描かれる、といえるでしょう。
日本の場合は、野生の肉食動物としての性格が残っているため恐ろしい存在ですが、悪者としてではなく、神に近い存在として描かれています。
ではなぜ、私たちは、子ども向けの物語の中で、狼は悪者というイメージを抱いているのでしょう。
よく見ると、上記の昔話のうち悪者の狼が登場するのは「おおかみと七匹の子やぎ」「赤ずきん」「三匹のこぶた」の3話にすぎません。しかもこの3話は超有名です。少なくとも現代の日本では、これらの絵本が改ざんされたものも含め限りなく出版されています。アニメにもなっています。とくに「三匹のこぶた」は、ディズニーによって元のすがたが分からないほど変えられ、商業ペースに乗って爆発的に広がっています。
これがステレオタイプを生み出した原因のひとつではないかと思います。もちろん仮説ではあり、もっとたくさんの話を集めて検討してみたいものです。
こうして調べていただいたのを読むだけで申し訳ないですが、とっても面白いですね。
たくさんの昔話を調べてもらうと、いかに有名な昔話というのが、幼い子向けのものが多いか、偏っているのかが分かるというか。
わたしも、子どものころしか読んでなくて、それも思いきり子ども用に作り替えられてたんでしょうね。
今昔話を勉強していると、幼いころでは理解できない面白い話がいっぱいあります。
おおかみも、いろんな役目で出て来ますね。
わたしは、日本のA~D話型の話が面白いと思いますけど、子どものころには聞いたことも読んだこともありません。
どこかにはあったんでしょうが、子どもには探せないし。
A~Dのおおかみって、ニヒルでなんかカッコいいですよね。
ジミーさん、コメントありがとうございます。
調べるのって、おもしろくって好きです。でも、お家にある資料とか、図書館でたまたま発見した本とか、ネット検索で出会った論文とかをもとにしているので、完全にってわけにはいかないのが、歯がゆいところです。