ホレばあさんは、グリム童話「ホレばあさん」で知られる女性の妖怪です。
もともとは、ドイツのホーエ・マイスナーという山にすむ妖怪で、日本でいえば山姥のような存在です。とってもマイナーな地元の妖怪でした。それが、グリム童話のおかげで世界的に有名になりました。
グリムが集めたドイツの伝説集には、ホレばあさんの伝説が5話載っています。
「ホッレ小母が池」「ホッラ小母の巡回」「ホッレ小母の水浴び場」「ホッラ小母と忠実なエッカルト」「ホッラ小母と農夫」・・・『グリム ドイツ伝説集上』桜沢正勝・鍛治哲郎訳/人文書院刊
ホレとかホッレとかホッラとか呼び方は微妙に異なりますが、同一人物(?)です。
内容は、日本の伝説と同じように、山や池などにまつわるちょっとした怪異を語っている素朴な話です。
以下に『ドイツ伝説集』から「ホッレ小母が池」の概略を紹介しますので、イメージをふくらませてください。
ヘッセンのマイスナー山にその池はある。
池の底に下りてもうでる女たちに、ホレばあさんは健康を約束する。
ホレばあさんは、池の底に庭園を持っていて、気に入った人間に会うと花や果物を与える。
ホレばあさんは几帳面な性格で、家の中がきちんと整っていないと気がすまない。
人の世に雪が降るのは、ホレばあさんが布団をたたいていて、その綿くずが空中を舞っているからだ。
糸つむぎを怠けていると、ホレばあさんは糸巻棒を汚したり亜麻に火をつけたりして、娘を懲らしめる。一生懸命糸をつむぐ娘には、つむをプレゼントしたり、娘に代わって夜通し糸をつむいだりしてくれる。
朝寝坊の怠け者の女がいると、ホレばあさんは布団をはいで寝床から引きずりだして、裸のまま石畳の上に寝かせる。
朝早くから水くみをする働き者の女がいると、ホレばあさんは、その桶にそっと銀貨をすべりこませる。
ホレばあさんは、子どもを池に引きずりこむ。その子どもがいい子だったら幸運を授け、悪い子だったら取替っ子にしてしまう。
年に一度、国じゅうを歩き回って田畑に実りの力を授ける。
ホレばあさんは、ときには色の白い美女になって水の面に姿を現す。
では、そんなホレばあさんとは、いったい何者なのでしょうか?
ヤーコプ・グリム(グリム兄弟のお兄さんのほう)はその大著『ドイツ神話学』のなかで、ホレばあさんは、実際にはホルダと呼ばれる古い女神だったと書いています。
そして、さらにさかのぼれば古代ゲルマンの女神たちに行きつくというのです。
時代と地域によってさまざまな名前で呼ばれますが、キリスト教伝播以前のいにしえの女神だと。
彼女たちは、あたりを巡り歩いては、その姿を現す、神々なる母たちで、人間たちに家事や農耕の技術を伝授するそうです。
このグリムの研究をもとにさまざまに研究が重ねられました。そして、現在では、ホレばあさんは、古代ゲルマンよりさらにさかのぼる新石器時代のヨーロッパの古層文化の女神と重ね合わせられています。その女神は、豊穣と死と再生をつかさどる地母神(じぼしん)です。日本ではイザナミや縄文時代の土偶とつながる、原初的な信仰です。
グリム童話「ホレばあさん」は、井戸の底にすんでいるのに、布団をはたくと天から雪が降ります。地下と地上の関係が分かりにくいようですが、井戸の底(=地中)は彼岸の世界だと考えると納得がいくかと思います。地の底の彼岸=異界は、天上の彼岸とつながっています。