いばらひめ🌹🆕

グリム童話の「いばらひめ」を昔話の語法に照らして分析してみました。
だいたいストーリーに沿って説明していきます。
テキストは7版を参考にしてください。

昔話の始まり

むかし、あるところに、王さまとお妃がありました。

昔というのは具体的にいつのことなのか、あるところとはどこなのか、王さまとお妃の名前は?
このように、昔話では、発端で、時代、場所、人物が不特定に語られます。
これから始まる物語が、架空のものであることを宣言しているのです。

冒頭の欠如

王とお妃の間には子どもがいません。ほしいと願うけれども授からない。
昔話は、冒頭で、何らかの欠如が描かれ、それを充足するようにストーリーが進んでいくことがよくあります。
「かしこいモリー」では、冒頭で森に捨てられますが、これも一種の欠如です。「おいしいおかゆ」の冒頭で、食べ物が何もなくなったという状況も欠如です。

出来事による言葉のくりかえし

昔話の固定性のひとつとして、発せられた言葉が、出来事として繰り返されるという性質があります。
昔話の中の発話(会話)は、すべてストーリーに必要なものです。
小説では、会話文は、人物の性格や置かれた状況などを暗示しますが、昔話では、会話は直接ストーリーを動かします。
「いばらひめ」では、この性質が彼岸者からの予言として、ストーリー展開に強い力を持ちます。

蛙がお妃に予言します。

「まもなく美しい女の子が生まれるでしょう」

そして、すぐ次の行で、以下の言葉が続きます。

やがて、お妃には、美しい女の子が生まれました。

出来事が、まったく同じ言葉で繰り返されています。

昔話では、超自然的存在によって言われたことは、完全にその通りになるのです。
長く子どもがいなかった王とお妃の間に子どもが生まれるという印象的な出来事とともに、聞き手は、予言の力を心にとどめます。

一次元性

水浴びをしているお妃の前に、蛙が現れて話しかけますが、お妃はそのことに驚いていません。ちゃんと言葉が通じています。
彼岸と此岸との間に境界がないことを、昔話の一次元性といいます。
彼岸の存在との間に精神的な断絶がないのです。

完全の中の不完全

王は姫の誕生を祝って宴会を催します。
占い女たちを招待しますが、城には金の皿が12枚しかなく、13人目の女だけは招待できませんでした。皿が一枚足りない。
昔話では、ひとつ足りないということを好みます。完全の中の不完全です。
そして足りなかったひとつ、13人目の女の呪いは、他の12人の女たちの贈り物と拮抗しています。量のコントラストです。

完全性

招待された12人の女たちは、全員やってきます。完全性の表れです。
12人の占い女たちは、姫に、贈り物を授けます。

ひとりの女は徳を、もうひとりの女は美しさを、三人目の女は豊かな富を。

この部分は会話文ではありませんが、言葉による贈り物です。予言と考えてよいでしょう。
時がたち、姫は成長します。
お姫さまには、占い女たちの授けたものがすべてそなわりました。

お姫さまはとても美しく、やさしく、賢くて、お姫さまを見たものは誰でも愛さずにはいられませんでした。

授けたものが全てそなわる。完全性の表れです。
だからこそ、呪いも完全に成就するだろうと予測されるのです。

また、王は、国じゅうのすべての錘を焼き捨てさせます。極端ですね。完全性です。

状況の一致

11人の女が贈り物を授けたとき、招待されなかった13人目の女が突然入ってきます。彼女は言います。

「この子は、15歳になったら、指に錘(つむ)を刺して死ぬであろう」

驚く人々。すると、12人目の女が進み出て言います。

「けれどもお姫様は死ぬのではなくて、100年の眠りに落ちることにしましょう」

13人目の女の呪いを取り消すことができないけれど、それを弱めることはできるというのです。
なんと都合よく、あとひとり残っていたことでしょう。
状況の一致です。

昔話の数

100年の眠り。
昔話では、こんなとき、丸い数が好まれます。聞いてわかりやすいし、語り手も覚えやすいからです。

端数の場合は、3,7,9,12が好まれます。
ここの占い女は12人です。13になったときに均衡がやぶれて事件が起こりましたね。

状況の一致

こうして、姫は、15歳になったら、指に錘を刺して100年の眠りに落ちると、予言を受けました。

姫が15歳になった日に、王とお妃が外出します。なんてまぬけなんでしょう。今日が危機の日だと知っているはずなのに。
時間の一致。ひろくいえば状況の一致です。
両親の外出は、ストーリーにとって不可欠です。姫が100年の眠りに落ちるために、この日、留守にさせる必要があったのです。

このように、昔話の中で「留守」は重要な意味を持ちます。
「みるなのくら」は娘の留守の間に倉をのぞきます。「かしこいモリー」は、巨人が留守の間に巨人の家にたどり着きますし、巨人の宝を盗みに行くと、巨人は必ず留守です。「白雪姫」のお妃は、小人が留守の間にやってきます。

環境を捨てている

両親が出かけると、姫は城の中でたったひとりになります。リアルならあり得ませんね。
王女なのですから、おつきの人や召使などがいるはずですが、描かれないのです。
姫が姫として本来持っているはずの環境を捨てているといえます。周囲の環境を持っていない。昔話はこのように人物を平面的に語ります。

孤立性

ひとり残った姫。孤立的です。
姫は、古い塔の中で老婆を見つけます。
塔、狭い階段、小さな扉、錆びた鍵、小さな部屋。どれも、ひとつです。孤立的ですね。
老婆もひとり。孤立的です。
孤立させることで、場面がくっきり見えてきます。

完全の中の不完全

姫は、城の塔の中で糸つむぎをしている老婆に出会います。王が全て焼き捨てさせたのに、ひとつだけ錘が残っていたのです。完全の中の不完全です。
このひとつの錘が、ストーリーにとって決定的に重要です。

一次元性

この老婆はいったい誰?
普通の人間ではなさそうです。
けれども、姫は、こんなところで糸つむぎをしているふしぎな老婆の存在に、何の疑念も抱きません。しかも言葉が通じています。一次元性です。

形態の変化は一瞬にして起きる

お姫さまは錘を手に取って、自分でも紡いでみようとしました。ところが、お姫さまが錘に触るや否や、あの占い女の呪いが本当になって、お姫さまは、指に錘を刺してしまいました。そのとたん、お姫さまはベッドに倒れ、深い眠りに落ちました。
あっという間もありません。
昔話はこうやって速いテンポで物語を進めるのです。

状況の一致

姫が錘に指を刺したちょうどそのとき、王とお妃が帰ってきました。
時間の一致です。
もし時間がずれていたら、きっと全く異なったストーリーになったでしょうね。聞き手にとって奇跡のような驚きはなかっただろうと思います。

完全性

一瞬にして城じゅうのものすべてが眠りに落ちます。
城の周りのいばらは、城全体を包み込んで、屋根も旗も見えなくしてしまいます。
城の中に入ろうとした王子たちは、ひとり残らず失敗して命を落とします。
すべて完全性が現れていますね。

言葉による出来事のくりかえし

100年目に王子がやってくる直前。

時々よその国の王子がやってきて、眠っている美しい王女を見ようと、いばらの垣根を通り抜けて城の中へ入っていこうとしました。けれども、それは誰にもできませんでした。いばらがまるで手のように王子たちを捕まえ、王子たちはそのいばらに引っかかって、みじめに死んでいかなければならなかったのです

おじいさんの説明の言葉。

「わしの爺さんの話では、たくさんの王子がやってきて、いばらの垣根を通り抜けて城に入っていこうとしたけれど、みないばらに引っかかって悲しい最期を遂げたということじゃ」

昔話は耳で聞くだけなので、もう一度同じ言葉で繰り返すことで、理解しやすくなります。

状況の一致

100年目に、ひとりの王子が訪れます。この王子は、他の王子とは異なる、第2の主人公ですね。ちょうど100年目にやってきます。時間の一致です。
それまで城を閉ざしていたいばらが、花になって道を開け、王子を城の中に招き入れます。

王子が姫にキスしたとたん、姫は目を開けます。
王子がキスしたからではありません。ちょうど呪いの100年が終わったからです。
予言は守られなければなりません。
王子がキスした瞬間と、100年が終わる瞬間が一致した。シャープな時間の一致です。

王子は、姫の眠っている古い塔の最上階へ、ためらわずまっすぐ登っていきます。場所の一致です。

こうして、たくさんの状況の一致によって、ストーリーは幸せな結末に向かって早く進んでいきます。そして、同時に、奇跡のような驚きを聞き手に味わわせてくれるのです。

同じ場面は同じ言葉で語る

① 姫が指に錘を刺して眠りに落ちたとき、城の中のすべてが眠りに落ちました。

王さまとお妃も、おつきの人たちとともに眠りました。庭の馬も眠ったし、ブチの猟犬も眠りました。屋根の上の鳩も、壁の蠅も眠りました。台所でメラメラ燃えていた火もしずまり眠りこみました。焼肉はじゅうじゅういうのをやめ、料理人は何か失敗をした小僧をひっぱたこうとして手を振り上げたまま眠りました。お手伝いさんは羽をむしっていた黒い鶏を前に置いたまま眠りました。

② 王子が城の中を進んでいくところ。

庭では馬が眠っており、ブチの猟犬も眠っていました。屋根の上では鳩が小さな頭を羽の下に突っ込んで眠っています。建物の中へ入っていくと、蠅が壁で眠っていました。台所では、料理人が手を振り上げたまま眠っています。お手伝いさんは、黒い鶏を前に置いたまま眠っていました。王子はどんどん奥へ入っていきました。見ると、おつきの人たちがみな横になって眠っています。玉座では、王さまとお妃が眠っていました。

③ 姫が目を覚ました時、全てがめざめます。

王様とお妃も目を覚ましました。おつきの人たちもみな目を覚まし、びっくりしてお互いに顔を見合わせました。庭の馬は立ち上がって身震いをしました。ブチの猟犬はとびあがってしっぽを振りました。屋根の上の鳩は小さな頭を羽の下から持ち上げ、辺りを見回して野原へ飛んでいきました。壁の蠅はまた動き出しました。台所では火が燃え上がり食べ物を煮始めました。焼肉はじゅうじゅう言い始めました。料理人は手を振り下ろして、小僧のほっぺたに一発食らわせました。小僧は大声をあげて泣きました。お手伝いさんは黒い鶏の羽をむしり終えました。

昔話は、聞いてわかるように言葉が選ばれます。ページをめくってさかのぼり確認することができないからです。だから、同じ場面が来たら、前回と同じ言葉で語るのです。
そして、そのことによって、リズムが生まれます。
①~③はよく見ると表現が異なりますが、聞いていると、同じ言葉で語っているように聞こえます。
①と②の間には100年の隔たりがあるのですが、それを全く感じさせません。
②と③は倒れたドミノが起き上がってくるような場面をイメージさせます。すべてが完全に目を覚ましました。完全性です。

無時間性

100年の眠りは、姫になんの影響も与えていません。115歳になっていないのです。100年の時間がすっぽりと切り取られています。
昔話は時間の経過を語らない。これを昔話の無時間性と言います。
人間も時間も。すべてが切り紙細工のように平面的に語られているのですね。

『オットーウベローデグリム童話全挿絵集』古今社より「いばらひめ」