エピソードの孤立性 1

いよいよ、孤立性の原理の面白いところに入っていきます。
以下のリュティの言葉を、ゆっくり読んでみてください。

 リュティ先生いわく。 

「各エピソードは殻にとじこもっている。各要素はたがいに関連をもつ必要がない。昔話の図形的登場者はなにかを習得することはないし、体験をつむこともない。彼らは状況が似ていることなどはすこしも気にしないで、孤立した状態にいるから、そのつどくりかえし第一歩からはじめる。」

いかがですか。思いあたるふしはありませんか?
 
小澤俊夫先生は、リュティのこの論について、「昔話を理解するうえできわめて重要と思われる」と書いておられます。 具体的に見ていきましょう。
 
「白雪姫」をとりあげます。
白雪姫が七人の小人の家にいると知った女王は、白雪姫を殺しにやって来ます。オリジナルのグリム童話では、女王は三回トライします。その三回を一つひとつのエピソードと考えると、以下のようになります。
 
第1のエピソード (ひも)
 女王は年とった行商人に化けてこびとの家に行く。
 女王は「いい品だよ、いろんな色のひもだよ」と白雪姫を誘う。
 白雪姫は女王を家の中に入れてひもを買う。
 女王は、ひもで白雪姫の胸を絞めて殺す。
 女王が帰ったあと、七人の小人が帰ってくる。
 小人はひもに気づいてほどき、白雪姫は生き返る。
 小人は白雪姫に、「留守中はだれも家に入れてはいけない」と言い聞かせる。

第2のエピソード (くし)
 女王はまずしい女に化けてこびとの家に行く。
 女王は「いい品だよ、美しいくしだよ」と白雪姫を誘う。
 白雪姫は女王を家の中に入れてくしを買う。
 女王は、くしを白雪姫の頭に刺して殺す。
 女王が帰ったあと、七人の小人が帰ってくる。
 小人はくしに気づいて抜き取り、白雪姫は生き返る。
 小人は白雪姫に、「留守中はだれも家に入れてはいけない」と言い聞かせる。
 
第3のエピソード (りんご)
 女王はお百姓の女に化けてこびとの家に行く
 女王は「おいしいりんごをあげよう」と白雪姫を誘う。
 白雪姫はりんごを受けとって食べる。
 白雪姫はりんごの毒で死ぬ。
 女王が帰ったあと、七人の小人が帰ってくる。
 小人はりんごに気づかず、白雪姫は生き返らない。
 小人は白雪姫をガラスのひつぎにいれて山の上に安置する。
 
白雪姫は、前日に殺されかけたのに、しかも小人に忠告されているにもかかわらず、次の日いともたやすく不審な女にだまされます。白雪姫は経験知のない浅はかな少女だったのでしょうか。
小人たちは、留守中に白雪姫が殺されかかったにもかかわらず、次の日、七人とも出かけていきます。用心してひとりぐらい家に残っていてもよさそうなのに。やはり経験知のないお気楽な人たちだったのでしょうか。
もしそう理解するなら、この話は、不審者には用心しなさいとか、同じ失敗を繰り返してはいけないとか、そんなことを伝えるための教訓話になってしまいますね。でも、決してそうではない。「白雪姫」の話の魅力がそんなところにあるのではないことは、子どもたちの支持をみれば明らかです。
 
では、昔話の登場人物はなぜ経験から学ばないのか。それは、これが昔話の語り方だからです。「エピソードが孤立している」といいます。
 
第1のエピソードはカプセル(殻)に閉じこめられていて、第2のエピソードには全く影響をあたえません。第2のエピソードもまたカプセルに閉じこめられていて、第3のエピソードに影響をあたえません。エピソードが一つひとつ孤立しているのです。だから、合理的に考えると持っているはずの経験知を、登場人物たちは当然のごとく持っていないのです。昨日のことは昨日のこととして、カプセルに閉じこめられているのです。

なるほど。エピソードの孤立か。写実的な文学とは異なった原理を持っているんだね。

 リュティ先生いわく。

「これこそは昔話のもっともいちじるしい、そして近代の読者にとってはもっとも抵抗の感じられる性質のひとつである。この性質をするどく把握し、ただしく解釈することができれば、昔話というなぞの解明に本質的な意味で一歩ちかづいたことになる。」

この「孤立性」をしっかり理解したうえでの再話であるかどうか、ということが、わたしたちが語りのテキストを選ぶときのひとつのめやすになります。孤立性の原理に則っているかどうかが、よい再話かどうかのリトマス試験紙になるということです。
 
白雪姫は三回も誘惑に負けたんだと考えて、これを心の弱さを戒める教訓話だととらえてしまったらどうでしょう。そのように再話されたテキストを選んでしまったら、「白雪姫」の大切なメッセージが台無しになってしまいます。
ましてや白雪姫を経験知のない愚かな娘にしないために、初めの二つのエピソードを省いたテキストを選んでしまうと、とんでもない間違いを犯すことになります。
 
エピソードが孤立していること、それは、写実的・心理的文学ではありえないけれど、昔話ではあたりまえのことなのだと理解してくださいね。

わかった。では、エピソード孤立性のこと、もうちょっと例を示してよ。

はいはい。では、問題です。以下にあげる話から、エピソードの孤立を見つけてください。

「灰かぶり」(『語るためのグリム童話集』小峰書店。または完訳のもの)
「お月お星」(『日本の昔話』福音館書店)
「心臓がからだの中にない巨人」(『おはなしのろうそく』東京子ども図書館)
「いばらひめ」(『語るためのグリム童話集』小峰書店。または完訳のもの)
「金の鳥」(『語るためのグリム童話集』小峰書店。または完訳のもの)
「三匹のこぶた」(『イギリスとアイルランドの昔話』福音館書店)

う~ん。これでどうかな? 

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