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昔話の森

外国の昔話

白雪姫


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  話型はATU511「ひとつ目、ふたつ目、三つ目」。シンデレラ話のひとつで、古くは16世紀にドイツ語圏での記録があるそうです。
  グリム童話130番「ひとつ目、ふたつ目、三つ目」も類話です。同じ類話でも、「ハヴローシェチカ」に比べ、グリム童話は長く、重く感じられます。グリム童話では、主人公は「ふたつ目」で、「ひとつ目」と「三つ目」のふたりの姉妹が主人公をいじめます。ひとつ目であること、三つ目であることは、宗教的・心理的に意味があるようですが、いっぽう、主人公がふたつ目であるために、ふたりが異常であるという印象があたえられ、身体的な差別を感じてしまいます。が、「ハヴローシェチカ」の相手は三姉妹で、「ふたつ目」も主人公をいじめるのです。単に目の数が、1、2、3であるというだけなので、記号的で軽く感じます。差別感もありません。グリム童話ではなくこの話を語ろうと思った理由のひとつがそれです。それでも印象は強烈ですね。
  音声は小学2年生です。3年生にも語りましたが、2年生のほうが面白がってくれました。グリムの「ひとつ目、ふたつ目、三つ目」は長く、こうはいきませんね。
  主人公の持つ、骨から再生させる力は、シャーマンを思い起こさせます。

  小さな男の子が、大事な雌牛を連れもどすために長い旅に出ます。前半の三回のくりかえしが楽しく、子どもたちはくすくす笑います。ブーコラの鳴き声がだんだん大きくなってきて、目的地に近づいていることがわかります。やっとブーコラを見つけましたが、このまま無事に帰れるとは聞き手も思っていません。やっぱり、トロルが追いかけてきます。「トロル」は、北欧の妖怪ですが、『三匹のやぎのがらがらどん』(マーシャ・ブラウン作/瀬田貞二訳/福音館書店刊)で知っている子どもたちがたくさんいます。
 後半は、呪的逃走のモティーフです。こちら→
 子どもたちがハラハラしながら聞いているせいで、語るスピードまで上がります。
 行きて帰りし物語。幼い子どもにピッタリのおはなしです。
 音声は1年生。  

  怖い話です。話型名は「盗賊婿」。ATU955。
 グリム童話にも同じ話型の話があります。KHM40「盗賊のお婿さん」。グリムのほうは粉ひきの娘で、娘に「帰りなさい。ここは人殺しの家です」と繰り返し忠告するのは、かごの鳥です。たるの後ろにかくれるとか、指輪のはまった手が飛んでくるのは同じ。
 ジェイコブス再話のこのイギリスの昔話のほうが簡潔で、だからこそ語りかたによっては怖さがひとしおです。親しい子どもたちに、語り手との信頼関係がある場で語ってください。決して本気で怖がらさないで、聞いた後、怖くて面白かった!との感想が出るように語ってくださいね。

  1958年に翻訳刊行された民話集の中に見つけた話です。
  主人公はたいそう貧しい、たどり着いた家は一軒、そこにばあさんがひとり。孤立的ですね。若者が鬼婆の家にたどり着き、お金をとってにげきるまでのエピソードが三回、三回とも完全に同じ言葉でくりかえされています。教会堂や畑、井戸と言葉が通じるのは、一次元性のあらわれです。あまりに昔話の語法にぴったりなのがおもしろくて紹介しました。
 1、2年生向きかなと思います。
  昔話では、主人公が彼岸者から宝を盗んで幸せになる話、よくありますね。「ジャックと豆の木」「かしこいモリー」など。「主人公は泥棒している」と感じない年齢の子どもに語りたいです。とくに、ここに紹介した「三人兄弟と鬼ばば」は、原題に「鬼婆」とあるのですが、ストーリーの中ではただの「ばあさん(原話では老婆)」としか表現されていません。兄弟の首をちょん切るところに鬼婆らしさが見えるだけです。疑問を感じさせないようにスピーディに軽快に語りたいです。

    金剛山は北朝鮮にある有名な山です。クムガンサンと読みます。原題は「大彪退治」。
 「焦げ飯」は、ご飯をたいたときにおかまに焦げ付いているおこげのご飯のこと。朝鮮半島の説話のなかでは、猟師が狩りに出かける際には、いつもおこげを持っていくそうです。
 男の子の修業もオーバーな表現ですが、とらのお腹の中がひとつの村がすっぽり入るほど大きいというファンタジーがおもしろいですね。
 音声は4年生のライブです。

   ジプシーというのは、ヨーロッパを中心に世界のあちこちで暮らしている少数民族です。かつては、馬車などで移動して旅暮らしをしながら、芸能や芸術を伝えているというイメージが強いですが、いまは定住の傾向にあるそうです。自らはロマ、ロムとか呼んでいるそうです。この民話集は、イギリスのウェールズ地方のジプシーが伝えた話を集めたもの。妖精の出てくる不思議な伝説もたくさん収録されています。この話の赤い外套のおばあさんも、魔女的な存在なのですが、話の最後までくると、妖精のように感じます。

   不思議な話です。娘と結婚する若者は、たぶんカイレが仕留めた死者の首が再生した者でしょう。そして、彼が月にいちど帰っていくところは死者の国。その一族の国では、若者は鹿のすがたをしているように思えてなりません。
 人と動物、この世とあの世、永遠の魂がその二つの次元をいったり来たりする世界観は、アイヌの昔話を思い起こさせます。
 中学生に語りたいと思って再話しました。

  この話は昔話ではなくて伝説です。
 昔話の魔女には、人間に恩恵を与えてくれる場合と、害を与える場合の二面性があります。日本の山姥と同じですね。彼岸から訪れて、主人公を援助してくれる、または敵対して困難を与える。
  でもこの話の魔女ミルクグレーテは、そう単純にはいきません。魔女のまねをした主人公を罰したのです。ただそれだけの話です。欲が深いのを戒めるだけの話にも思えません。何が言いたいのでしょう。
  そうです、魔女の領域に入ってくるなということです。
 伝説では彼岸とこちら側の世間とのあいだには、くっきりとした境界があります。昔話がふたつの次元の世界をたやすく行き来できる一次元性を持つのと対照的ですね

  森の中で道に迷ってこまっていると灯りがひとつ見えます。洋の東西を問わず昔話によくあるシチュエーション。状況の一致。
 主人公は、池に水浴びにきた七羽のはとが美しい乙女になるのを目撃します。そして、いちばん美しい娘の肌着を盗んで、その娘を妻にします。羽衣をうばわれて天に帰れなくなった天女の話を思い出しませんか?そうです、日本では「天人女房」とよばれる話型の話で、たなばた伝説や羽衣伝説で有名ですね。
 よく似た話が世界中にあるのがふしぎです。この「七羽のはと」は、ATU(国際昔話話型カタログ)では、400番「いなくなった妻を捜す夫」に分類されています。313番「呪的逃走」と結びつくことが多いそうです。「七羽のはと」も、伯爵と妻は、ばらの花と茂み、礼拝堂と神父に変身して、追っ手を出しぬきますね。呪的闘争のモティーフを持っています。
 この話の最後に、魔女が、別れていく娘に贈り物をします。娘を自立させる母親の心境になって、ほろっとします。  

  朝鮮半島では有名な話です。日本ではパク・ジェヒョンの絵本(光村教育図書)がよく読まれています。
 『国際昔話話型カタログ』によると、ATU177「泥棒とトラ」という話型です。インドの説話集『パンチャ・タントラ』(西暦二百年ごろ成立)に記録があるので、古い話ですね。でも、ヨーロッパにはなく、アジア特有の話のようです。
 とらが、その言葉を知らないために恐がるのは、ここでは「ほしがき」ですが、ほかに、「飴」「たそがれ」などがあるそうです。日本では「雨もり」です。
 日本の昔話「古屋のもり」は全国に伝わっているし、みなさんもご存知だと思います。古くは江戸時代の『奇談一生』(1768年刊)に「猿面赤無尾(猿のつら赤く尾なし)」として、類話が出ています。漢文なので、現代語にして語れるように再話しました。→こちら

  先住民族の残している昔話は、広大な自然の中で展開する話が多いように思います。この北米インディアンの話も、遥かな大草原と、そこを移動するバッファローの群れが目に見えるようです。
 そしてそこには、神話的な空気が漂います。骨を積み上げて再生させるのは、シャーマンの業です。
 極端に貧しい、村社会の底辺にいた少年が、勇気とまっすぐな心を持ち、彼岸の力によって首長の地位にのぼります。いかにも昔話らしいハッピーエンドの物語です。

  アフリカ、カビールの笑い話です。
 エチオピアの「アディ・ニハァスの英雄」(『山の上の火』岩波書店刊、所集)は、村人みんなが数の数えちがいに気づきません。
 自分の近くのものは見えないものです。このような人間のまぬけさかげんを描く「愚か話」はどこにでもあります。日本にも、愚か村の話や愚か聟、愚か嫁のたぐいの話は、数限りなく残っています。
 これは、他人を笑うというより、自分にも同じようなことがある、それを笑うための話ではないかと感じますが、どうでしょう。

 算数の問題ですね。ずいぶん前に六年生に語ったとき、先生も交えてにぎやかな議論になりました。
   そろそろ夏休みも終わります。宿題の最後の一問として、頭をひねってください(笑)

  話型名「恩知らずなヘビが捕らわれの身に戻される」。ATU155。
 ほかの話では、とら以外に、へび、おおかみ、くまなどが、男をだます悪い動物として登場するようです。「善い行いに対して悪い行いで報いてよいのか」ということがテーマですね。さるの裁き、すかっとします。
 北欧からアジア、アフリカまで、世界じゅうに伝わっている話です。ところが、なぜか日本にはありません。「恩を仇で返す」ということわざはありますけれど。
 ところで、イソップにはこんな話があります。
 ・・ひとりの農夫が、寒さにこごえたへびをみつけました。あわれに思った農夫は、へびをひろいあげてふところに入れてやりました。あたたまって本性をとりもどしたへびは、自分の恩人にかみついて殺してしまいました。死に際に農夫はいいました。「こうなってもしかたがない。たちの悪いやつをあわれんだのだから」・・・
 哀しいですが、たしかに人間の一面を表していますね。
 でも、さすがに昔話は、悪いやつがやっつけられて終わります。

 わたしの再話のなかでも大ヒット作!絶対に外さないー笑。 音声は3年生のライブです。
 兄妹がかきねの戸を外して出かけるところで、聞き手の子どもたちはこの話が笑い話だとわかります。4歳児でもわかる。ところが、森で迷子になるあたりから緊張しはじめます。恐いのです。それが私には意外でした。あくまでもちょっとした笑い話として語っているからです。木の下に泥棒がやってくるあたりから緊張は高まって、息をつめて聞きます。だからこそ、「 おしっこ 」 「 うんこ 」 で緊張が緩和して、ドカッと笑うんですね。桂枝雀さんの落語の理論とおなじです。
 それから、兄妹がどろぼうたちの置いていったお金をみんな持って帰るところ、「 悪~っ 」 て言った子どもたちがいたのです。これも意外でした。な んて正義感が強いんだろうと思いました。そう、たとえどろぼうがおいていったものでも持って帰ったらどろぼうになるのです。ところが、それを知ったお母さんが大喜びしたっていうところで、子どもたち、笑ったんです。このユーモア感覚、すごいと思いません?
 そのお金で一生楽に暮らしましたっていうと、「 ああよかった~ 」 と大満足します。昔話の主人公の幸せ = 富の獲得と身の安全で、めでたしめでたし。ほんのおまけの話として再話したのに、子どもたちのおかげで実のあるしっかりした、上質な笑いを引き出す話になりました。

 原話の出典には、「トリングギット族」とありますが、一般的には「トリンギット族」。北アメリカ大陸の太平洋岸に暮らしている先住民族です。彼ら自身は「リンギット」と呼び、「人間」を意味します。おなじみのトーテムポールを作る人たちです。日本のアイヌと似た文化を持っていて、交流が続いているそうです。
 狩猟民族だから、たいせつな「矢」には特別の価値があるのでしょう。シンボルとしての矢には、「保護。自分を守る」という意味があります。クロスした二本の矢は「友情」。折れた矢は「平和」を意味します。
 やはりアメリカインディアンの昔話を絵本にした『太陽へとぶ矢』こちら→も見てくださいね。
 さて、村長の息子が月への畏敬の念を忘れたために、月が罰をくだします。その罰は、村長の息子自身を痛めつけるというものではありません。むしろそれをたしなめた友達をさらって痛めつけるというものでした。このことが「罰」であるためには、少年たちの友情の深さが根底になければなりませんね。
 主人公村長の息子は、友人をすくうために危険な旅に出ます。月、星、矢、葬式の太鼓・・描かれる情景は澄みきった冷たい空気を感じさせます。テーマの扱いとともに、異文化の新鮮な発見があります。
 にもかかわらず、おばあさんがくれたいくつかのものを後ろに投げながら逃走するモティーフは「三枚のお札」とおなじ。帰ってきたら自分の葬式をしていたというモティーフは「天狗のまな板石」)こちら→とおなじ。
 高学年の子どもたちに聞かせたいお話です。

 音声は小学2年生。
 ロートリンゲンは、フランスのドイツ国境近くの地域です。フランス語ではロレーヌ地方。
 にわとりが半分になっても生きているのが不思議なのですが、昔話には半分の人間の話もあるし、子どもたちは、え~っ!と驚きながらも、おもしろそうにストーリーについてきます。
 にわとりのからだは、きちんと二つに分かれて血も流れない、横から見たら図形的には丸ごと一羽と変わりはない。昔話の語法のページ「図形的に語る」→を見てください。平面性があらわれているところです。
 にわとりが出かけるのは、貸したお金を返してもらうためです。「外的刺激」→によって旅立つのです。とちゅうで、鳥、オオカミ、池と道づれになり、からだの中にいれて、自分の力にします。
 鳥、オオカミ、池の特性にぴったり合った難題がふっかけられ、みごとクリアします。状況の一致ですね。
 用がなくなったら、鳥もオオカミも池も元に戻ります。援助者は必要なときに必要な場面でのみあらわれるのです。友達になっておつき合いを続けることはないのです。
 主人公は本質的なものと出会うために旅に出なければならない、のです。
 
 類話はたくさんあるのでしょうか。私が見つけたのは、3話。
 「半分のひよこ」『スペイン民話集』岩波文庫 ひよこが出会うのは、きつね、オオカミ、ねこ、小石だらけの野原、川。やはりお尻に入れていきます。ただ、最後は必ずしもハッピーエンドではない。興味のあるかたは読んでみてください。
 「かたあしのひよこ」同名絵本、ほるぷ出版 スペインの話です。からだが半分なのではなくて、金の足を一本王さまに切りとられてしまいます。その足を取り返しに行く話。出会うのは、オオカミ、ライオン、川です。お尻ではなくて、口から飲み込みます。
 「ランパンパン」同名絵本、評論社 インドの話。王さまに奥さんをとられたクロウタドリが取りかえしに行く話。からだが半分になるわけではありませんね。出会うのは、ねこ、あり、木の枝、川です。お尻ではなくて耳の中に入れていきます。
 

 現代日本にもつうじる老人問題。親孝行が道徳的にとても大切にされている朝鮮半島でも、このような話が残っているのですね。語りの森の日本の昔話に、同じ話型の話を載せています。「おばすて山」
 グリム童話にも、夫婦が老父を邪魔にするのを見た幼い息子が、いつか両親が年老いたら同じようにしようと粗末な食器を用意をする話があります。やはりそれを見て夫婦は改心します。「おじいさんと孫」という話です。洋の東西を問わないということかな。

 ケルトの昔話。長い話です。ヨーロッパの昔話によく出てくるエピソードが次々とつながって、聞き手を飽きさせません。原題は「THE BATTLE OF THE BIRDS(鳥たちの戦争)」ですが、話型名「主人公の逃走を助ける少女」AT313にちなんで、「オーバーン・メアリー」と題しました。
 開けてはいけないといわれたのに袋を開けてしまう。だれにもキスさせてはいけないといわれたのに、飼い犬がキスをする。など、禁令と禁令破りではらはらします。
 主人公がオーバーン・メアリーといっしょに巨人から逃げるとき、リンゴの切れ端が彼女に変わって返事をします。巨人が追いかけてくると、馬の耳から木や小石を出して後ろに投げ、それは森や山になります。まるで「三枚のお札」です。
 骨の再生は、古い宗教とかかわりのあるモティーフ。最後の古いかぎと新しいかぎもいかにも昔話らしいモティーフです。
 最後の2文は結末句です。昔話雑学を参考にしてください。
 こういう長いストーリーは、わかりやすい言葉でテンポよく語るのがコツ。音声はライブではないのでちょっとゆっくり語っていますが、実際に子どもに語ると、子どもの「それで?それで?」に応えてもっと速くなります。

 恐ろしい魔女。魔法の力で城は岩山に変わり、王と城の人たちはカラスに変身させられ、岩山の周りを飛びつづけなければならない。城の周りの湖は凍りつき、だれも寄せつけない。そのつめた~い雰囲気が気に入って再話しました。主人公は女の子。可愛がっている四匹の白い子ねこの力を借りて魔法を解きます。

 ヨーロッパ版の 「 こぶとりじいさん 」 です。日本の話では山の中で鬼がコブを取りますね。ここでは、森の中で小人がコブを取ってくれます。日本の話と同じく、ちゃんと踊りの歌もあるんですよ。「 月曜日、火曜日、… 」 という曜日の歌なんですけど、子どもたちはそれが気にいったらしく、すっかり覚えて道で会っても歌ってくれます ( 笑 )。音声は2年生のライブです。

 音声は、2年生に語っているところ。だいたい3年生くらいが一番ノッテきますが、ハラハラドキドキ、笑いありなので、もっと小さい子でも楽しめます。私は、幼稚園の5歳児さんの卒園まぎわ二月に語ります。15分はかかる話ですが、子どもたちはまじろぎもせずに聞いた後、「 短~い! 」 といいますね。初めは映画や紙芝居とは違うので 「 あれ? 」 っという感じですが、すぐにストーリーに入り込みます。。

 音声は1年生のライブ。よく知られているのは、女の子が主人公のロシアの昔話ですね。イギリスのこの話はおばあさんがくまの家にやってきます。だから子どもたちは主人公と一体になることはなくちょっと離れて見ています。むしろくまたち、とくに一番小さいくまに心を寄せているようです。それで、勝手に他人の家に入り込んで食べたり寝たりするおばあさんを、ちゃんと批判することができます。二階の窓からとび出したおばあさんがどうなったか、想像して楽しそうに話してくれますよ。
 三回の繰り返しのリズムが心地いいので、四歳の一学期から聞けます。

 長い話です。三人兄弟の末っ子、まぬけなヘルムが主人公。よくあるモティーフです。このヘルムが旅をするのですが、まず木を登る途中で七人のお婆さんに次々に会います。天に上ると、そこはひとつの世界で、課題をクリアしてお姫さまと結ばれる。けれど、タブー違反を犯して、さらにはるかかなた暗闇の世界に向けて旅に出ます。そこでさらなる課題が待ちかまえています。男の子が、まるで階段を上るように成長していく、幼さから脱皮していくことが語られています。

 韓国のお話です。この話は1923年に現在の全州市で語られています。原話の出典の 『 朝鮮民潭集 』 は朝鮮半島が南北に分かれる前に編纂されていま す。それで、テキストには 「 朝鮮半島 」 の話としました。
 動物の恩返しの話は、日本にもたくさんありますね。鶴の恩返しとか、きつねの恩返しとか、 変わったところではナマズの恩返しとか。「 とらの恩返し 」 はいかにもとららしい威勢のいい恩返しの仕方で、ユーモラスでさえあります。子どもたちはと らに親しみを感じて笑いながら聞いてくれます。それだけに、さいごの場面は胸を打たれます。

 話の中に話が3つも入っていて複雑です。語るのはちょっと難しいと思いますが、ぜひ紹介したいと思って再話しました。とても不思 議な雰囲気のお話です。大人向けのおはなし会なら語れるかな。

 船を作って動物たちを救ってやるのは、まるでノアの方舟ですね。後半はこの動物たちが主人公の少年に恩返しをします。そう、これ も動物の恩返しの話です。「 黒い髪の人間は助けてはいけない 」 というタブーを犯して、少年はろうやにぶち込まれてしまいます。動物たちと対照的な人間の不誠実。考えさせら れますね。

 美しいおひめさまをめぐって、若者と大臣たちが争います。謎解きに引き込まれているうちに、お、かしこいなあ!もちろんハッピー エンド、若者の勝ち。結婚式で、めでたし、めでたし。なんと知恵のある若者なんでしょう!4年生以上で語ろうかなあと再話しました。聞きなれた子どもたちなら3年生くらいでも楽しめるかもしれません。

 とにかく音声を聞いてください!こんなに子どもたちが喜ぶとは思いませんでした。それで、わたし、かなり動揺しながら語っています ( 笑 )  聞き手は1年生。
 臆病なうさぎの話はよく知られていて、わたしも幼児期に絵本で読んでもらっていました。でも、あまり面白いとは思わなかったのです。今回、子どもに語って、分かりました!このはなしは、語ってこそ面白い、語ってなんぼの昔話だったんですね ( 笑 ) 昔話の語法にのっとって、繰り返しは同じ言葉を使って再話しました。それが楽しいリズムになりました。

 「 だんだんのみ 」 とか 「 かえるをのんだととさん 」 で知られている話の類話です。「 だんだんのみ 」 は鬼が豆をまかれて退散しますね。節分の話のよう に思い込んでいました。だから、「 犬を書いて飲む 」 の原話を見つけたときは、おお、びっくり!

 類話は世界じゅうにあります。次々にものを頼みに行くだけの話なんだけれど、その動機は話によっていろいろです。例えばイギリスのジェイコブズの 「 おばあさんと豚 」 とはずいぶん違います。「 ありとこおろぎ 」 では、友だちを助けるためです。しかもハッピーエンド。原話を読んだとき、思わず笑みがこぼれました。こんな話が語りたかったんだって思いました。でも語ってみると大変でした。早口ことばの練習みたいなもんでした。音声は5年生のライブですが、とちゅうから、一区切りずつに 「 ん 」 「 ん 」 「 ん 」 ってかけ声が入っているの、聞こえますか ( 笑 ) ? 2年生では、こおろぎが雌牛に 「 ……川に落っこちたありを助けるんだ! 」 と言い切ったとき、拍手が起きました ( 笑 ) 。 本当はこちらの音声を聞い ていただきたかったのですが、残念ながらICレコーダーのスイッチを入れ忘れていました。聞き手といっしょに弾けて楽しむおはなしだと思います。

 イギリスのジェイコブズのおはなし。ストーリーはグリムの 「 ブレーメンの音楽隊 」 と同じですね。でも、ジェイコブズのほうは、ストーリー展開を楽しむだけでなく、むしろくり返しの面白さに重点があるように思います。だから、繰り返しのリズムを楽しみつつ、場面が分かるように語るのが、ちょっと難しい。「 脱穀 」 って、耳で聞いてわかるかな? 「 麦を打つ 」 にしようかな、と迷いました。でもそれでは正確じゃないしね。「 殻竿 」 。大人でもたいていはわかりませんね……。「 さお 」 からイメージできるかな、と思い切りました。リズミカルに語ることで、少々知らない言葉があっても楽しめると思います。子どもが尋ねたら、あとで説明するといいですね。

 昔話にはよくタブーが出てきますね。七年間口をきいてはいけないとか、13番目の部屋だけはあけてはならないとか。そして、タブーは必ず破られます。昔話では、タブーは破られるためにある。この話でも、王さまが決して言ってはいけないといった言葉を、お姫さまが口にしたために、花婿が去ります。そこからストーリーが動きだす。聞き手もそのことが分かっているので、どうやってタブーが破られるのか、タブー違反の後、どうやって幸せな結末にたどり着くのかに興味を集中させます。

 地中海、スペインのバレアス諸島に伝わる昔話。とても不思議で、深く心を打つ話です。「 聖なる書物 」 って何なのか、知りたくて、ぽんやジミーと国立民族学博物館まで行きました。結果は…「 いどばた会議 ( ブログ ) ー 2015.7.21 聖なる書物って、聖書? 」 を読んでみてください。

 おたまじゃくしはかえるの子~
   なまずの孫ではないわいな~
   それがなにより証拠には~
   やがて手が出る足が出る~
 俗謡そのまんまのお話です。なぜそのまんまなのでしょう?どこかから伝わったのでしょうか?それとも、人みな発想は同じだからでしょうか?ベトナムと日本、地理的にも歴史的にも近いですよね……
 なまずとひきがえるのけんかに、ごたいそうにも裁判官がでてきます。裁判官って、日本の昔話ではあまり聞きませんが、外国の話にはけっこう出てきます。日本では、お殿様でしょうか。ストーリーは幼い子でもわかるのに、語るとき、裁判官をどう説明しようかと考えているところです。

 『 グリム兄弟の知らなかったおはなし 』 が原話です。弘法伝説のように、聖者が旅人として訪れる話は、ヨーロッパにもあります。グリム童話の 「 貧乏人と金持ち 」 もそうですね。「 みじめおばさん 」 もそのひとつです。
 死神が木にくっついて離れなくなるモティーフも、ヨーロッパではよく出てきます。わたし 「 それから、世の中はどうなったと思いますか? 」 子ども 「 わからない 」 「 老人が増える 」 。音声は、図書館でのおはなし会のようすを録音したものです。「 老人が増える 」 ……いまどきですねえ ( 笑 ) 少し前は、子どもたち、「 死ななくなる 」 といいましたね。
 ところで、ずうっとしゃべり続けている2歳さんの声、聞こえますか? ( 笑 ) それでも、ほかの子たちの集中は途切れていないでしょう。かつての囲炉裏端での語りのひと時も、こんな感じだったのかなあと思います。

 怖い話です。は、4年生に語っています。本気で恐がっているでしょ。しっぽが九つあるきつねは、もともと中国の神話に登場するそうです。日本では、歌舞伎の玉藻の前が九尾のきつねですね。絶世の美女に化けて出てきます。
 しっぽが九つなくても、きつねは化けます。そして、人を化かします。『 子どもと家庭の奈良の民話 2 』 には、きつねが化かす話をいくつか入れています。そういえば、いぜん、夫と笠置温泉に行ったとき、帰り道で狐に化かされて、どんどん山の中に入っていったことがあります。

 はい、私たちのサークル名です ( 笑 ) ババ・ヤガーはふしぎな魔力を持っていて、その力で人を助けることもあるし、人を害することもあります。二面性を持っています。日本のやまんばも 同じですね。この話では、ひたすら恐ろしい魔女です。
 小屋の中で機織りをしていますね。糸紡ぎをしていることもあります。機織りも糸紡ぎも、本来女神の仕事です。こういうところに、キリスト教以前の神のなごりが見えるのかなあと思ったりします。
 それから、日本のやまんばは、追いかけるのが好き。「 三枚のお札 」 も 「 馬方やまんば 」 も、めちゃ走りますね。ここのババ・ヤガーも走ります。

 動物報恩+婿選びの話です。動物たちが、うろこ一枚、羽一枚、毛を一本くれる。とても孤立的で、イメージがクリアですね。頭の中に像がくっきりと浮かぶ。だから後半、聞き手の子どもたちはすぐに、動物たちからの贈り物を燃やせばいいと気がつくのです。
 また、魚は深い海の底へ、ワシは天の果てへ、狩人を隠してくれます。極端性は昔話の大事な性質です。イメージがクリアであるだけでなく、想像の世 界が空間的にぐうんと広がっていくのを感じます。子どもたちは、どこに隠すのかなという謎解きの面白さだけでなく、このイメージの広がりに驚嘆します。しかも、最後はおひめさまのいすの下に隠れる。極端に近いところです。そして、この極端な近さのおかげで、狩人はおひめさまから隠れおおせたので す。
 三回の繰り返しもあり、昔話の語法の面白さをとっても感じさせてくれるお話ですね。後半、くり返しの一回目は、魚が狩人を隠してくれる。2回目は、ワシが隠してくれる。3回目、きつねを呼び出した狩人は、みずから指示して、きつねにほら穴を掘らせていますね。はじめの2回は受け身だけれど、3回目は自分の知恵でかくれます。そして、その3回目に成功しておひめさまを手に入れる。ここに、若者の成長が語られているなと感じます。この話は、グリム童話の 「 あめふらし 」 と同じ話型ですが、この点で、わたしは 「 まほうの鏡 」 のほうが好きです。音声は、4年生のおはなし会。

 こぼれた豆が芽を出して天まで届く。天上の世界にいたのは神さま! 笑い話です。音声は小学3年生。子どもたちの声、聴いてください。「 ハッピーエンドと違うやん 」 っていってるでしょ。その向こうでおじさんの声が聞こえませんか?これは担任の先生の声。「 世界にはいろんな話があるいうことやなあ 」 っておっしゃってる ( 笑 ) なぜお父さんが一人になってよかったのか、自論を展開してる子もいましたよ。

 「 天道さん金のくさり 」 の類話です。これは、上からカボチャのつるが下りてくるのです。怖い話ですねぇ。子どもに語るのが、めっちゃ楽しみ~

             おはなし会で語る以外にテキストを使用される場合はご連絡ください。