1,聞き手がイメージしにくいとき(つづき)
b、語順が、目に見える順番と異なっているとき。
語りは音楽と同じく時間の流れに乗った文芸です。ですから、言葉は、発せられた後(しり)から消えてしまいます。しかも、いったん発せられると、そのイメージが定着します。
Aという言葉を聞くとAのイメージが見え、つづいてBという言葉を聞くとBのイメージが見えるという具合に、発せられる順にイメージが見え、後戻りはできません。そして、いったん頭の中に生まれたイメージは、取り消すことができません。
例を挙げてみましょう。
はじめに、文字を読まずに聞いてください。
〇 りんごがなっている林の中に、男の子が立っていました。
見えるのは、まず「りんご」、次に「林」という広がりのある空間、次に「男の子」です。
では次はどうでしょう。
◆ 男の子が、林の中に立っていました。そこにりんごがなっていました。
見えるのは、まず「男の子」、次に「林」という広がりのある空間、次に「りんご」です。
いかがですか?語順によって見える光景が変わりませんか?
文字で読めば、ひと目で「りんご」も「林」も「男の子」も見えますから、三つともイメージの強さは同じです。
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では、この文章のつづきを聞き比べてみましょう。
〇2 男の子はりんごをもぎました。ふたつもいで、ポケットに入れました。病気のおかあさんに持って帰ろうと思ったのです。
◆2 「病気のお母さんに持って帰ろう」男の子は、りんごをふたつもいで、ポケットに入れました。
〇2では
「男の子はりんごをもぎました」のところで、男の子が手を伸ばしてりんごを取っている絵が見えます。ただ、りんごを次々にもいでいるのか、ひとつだけもいでいるのか、言及していないので、聞き手によってイメージする絵が異なります。
「ふたつもいで」→りんごをたくさんもいだ絵をイメージした者は、即座に「ふたつ」に訂正しなくてはいけません。ストーリーを追っていくためには不要な作業です。
「病気の~思ったのです」→行動の理由が後付けで説明されています。だから、りんごをもぐ男の子の表情や手の動かし方に誤解が生まれるかも知れません。りんごを遊びでとったとか、お腹がすいて食べるためにとったとか、もしくは、何の表情もイメージしなかったかもしれません。
◆2では
男の子は、りんごをみたとたんに「病気の~」といいます。説明されなくても状況が分かりますね。男の子の表情も見えます。りんごをもぐ動作も、急いでいたり喜びや愛にあふれていたり、聞き手によってある程度の違いはありますが、それでもより明確にイメージが見えます。直後に訂正する必要もありません。さらに「ふたつもいで」というので、個数を訂正する必要もありません。
〇2より◆2のほうが、よりストレートに行動や状況が見える語順になっていますね。